2013年10月4日金曜日

「守られた」思想。

最近はリアルなS学会信者さんとの交流もほとんどなく、
私の言ってることはきっと、
「現役学会員さんには結構チンプンカンプンな世界になってきてるんだろうなー」
と思ってるんですが、
とある方が、
「悪いことが起こらない事が「守られる」という事では決して無い・・」
って言ってるのをみて、
「それって会内スタンダードっしょ・・・だからこそタチが悪いんでしょ・・・・」
っと、思い出した感覚があるっす。

悪いことが起きても「守られた」と感謝する感覚。

「転重軽受」とは
過去世の重い罪業によって、今世だけでなく未来世にわたって重い苦しみの報いを受けていかなくてはならないところを、現世に正法を信じ、弘めると、その実践の功徳力によって重罪の報いを軽く受けて、罪業をすべて消滅させることができる。

この考え方によって、学会員さんは、
死なない限り、どんな災難が起きようとも、
功徳力によって軽く受けることができた、「守られた!」と考えることができて、
なにが起きようと信仰に感謝することができるようになる。

で、それもこれもすべてS学会を世に広めてくださったセンセーがいて、
そのおかげで学会を知ることができた、
そして、信心をさせていただけたのだから、
師恩に報いなければ!っていう感じで発展していく。

なにがあろうと感謝できる心、功徳と受け取る「心こそ大切」………とは、
そういう落とし穴にハマることを言う。

で、それを落とし穴だとわからない人たちが集まって、
「我らの教団」を断固、護り抜く。


出来事そのものに変化はなくても、
感謝で受け止めることが出来るようになれば、心は平安だろう。
それが信仰の効果なんだろーし。
ただしかし、S学会の場合、
その感謝は指定される「恩返し」で表さなければならない。

その結果、勧誘と新聞販売と票集めに一生を捧げる「活動家」として
生きる道を「選ばされる」んだ。
使命の喜びとともに。


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ついでに言っとくと・・・
信心と祈りのおかげで、
悪いことが起こらなくなっただとか、
私の思い通りになっただとか、
そういうこと言うタイプも一定数いるけども、
それは単なる「おまじない少女」の延長であるっていう話。